大判例

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仙台高等裁判所 昭和29年(う)509号

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役八月に処する。

但し本裁判確定の日から壱年間右刑の執行を猶予する。

被告人に対し公職選挙法第二百五十二条第一項の選挙権及び被選挙権を有しない旨の規定を適用しない。

原審並びに当審における訴訟費用中原審証人粂進に支給した分は被告人と原審における元相被告人遠藤修司及び同佐藤達也との連帯負担とし、原審証人長沢鹿多、同樋口義市に各支給した分は被告人と右遠藤修司との連帯負担とし、その余は、原審証人安部和、同阿部俊一、同赤間茂夫、同伊藤武に昭和二十八年九月二十二日各支給した分、原審証人大内覚治、同安部和、同赤間茂夫、同伊藤武に同年十月六日各支給した分、原審証人吉田吉秋、同坂田博に同年一月二十七日各支給した分を除き全部被告人の負担とする。

理由

主任弁護人阿部義次の陳述した控訴趣意は、記録に編綴の同弁護人、弁護人北川次男両名名義の控訴趣意書及び弁護人長谷川太一郎同片岡政雄各名義の控訴趣意の記載と同一(但し片岡政雄名義の控訴趣意書は誤脱字訂正書に基き訂正したもの)であるから、ここにこれを引用する。

阿部、北川両弁護人の控訴趣意第一点の(一)(刑事訴訟法第二百五十六条第六項違反の主張)について、

しかし、選挙運動とは、特定の議員選挙につき特定の立候補者若しくは立候補の意思(不確定の意思を含む、以下同じ)ある者の当選を図るため、投票を得又は得しめるにつき直接又は間接に必要かつ有利な諸般の行為をなすことをいうのである。従つて、特定の議員選挙の行わるべきことが確定し若しくは予想されていることと、右選挙に当選を期待される特定の者が立候補し若しくは立候補の意思を有することは、いわば選挙運動の概念要素をなすものであつて、特定の選挙を目標としない、若しくは立候補もせず立候補の意思をも有しない者のためにする選挙運動なるものを想定することは観念の矛盾であるというべきである。されば、本件起訴状の訴因第一の冒頭に、前文を受けて「近く施行される同選挙に立候補することを予て決意して居たところ」と記載したのは、選挙運動の概念要素従つて立候補屈出前の選挙運動の犯罪構成要件に属する事項を具体的事実に当て嵌めて明示したまでのことであつて、所論のように犯罪構成要件に含まれない、裁判官に事件につき予断を生ぜしめる虞のある事項を引用したものということはできない。所論は独自の見解に基く主張であつて採用し難い。論旨は理由がない。

阿部、北川両弁護人の控訴趣意第一点の(二)(刑事訴訟法第二百五十六条第三項違反の主張)について、

本件第二の(一)(二)の共謀による共同正犯の各訴因中に、謀議の日時、場所、実行担当者の記載のないことは所論のとおりである。しかし、共謀による共同正犯の訴因としては、起訴状記載のように、共謀のあつた事実と、それに基く実行々為である犯罪の特別構成要件に該当する具体的事実とを明示すればすなわち特定し、所論のように謀議の日時、場所、実行担当者等を示さなければ、他の訴因と分別特定しえないものではないから、これらの事項を記載することは通常望ましいことではあるが必ずしも必要ではないと解すべきである。されば、本件起訴状には所論のような訴因を明示しない違法があるということはできない。所論は独自の解釈に基く主張であつて採用しえない。論旨は理由がない。

長谷川弁護人の控訴趣意(1) 及び片岡弁護人の控訴趣意第二点の(一)(二)(刑事訴訟法第二百二十七条第二百二十八条、同規則第百六十条違反の主張)について、

(一)、共犯関係にある共同被疑者の一人は他の共同被疑者のため刑事訴訟法第二百二十七条第一項の証人適格を有しないとの主張について、

しかし、共犯関係にある被疑者が数名ある場合、その中の一人は他の共同被疑者に対する関係においては同法第二百二十三条第一項にいわゆる被疑者以外の者に該当し、従つて同法第二百二十七条第一項所定の証人適格を有するものと解するのを相当とする。されば、検察官が右条項に基き被疑者遠藤修司を同人と共犯関係にあるものとして取調を受けていた被疑者佐藤善一郎のための証人としてその尋問を請求し、裁判官が同条項所定の他の要件を具備しているものと判断して(右判断に誤のないことは後段説示のとおりである)その尋問を施行したのは正当であつて、右と解釈を異にする所論の見解には賛同することができない。

(二)、公判期日において圧迫を受け前にした供述と異る供述をする虞があることの疏明がないとの主張について、

検察官が刑事訴訟法第二百二十七条第一項により証人尋問の請求をするには、同条項所定の公判期日において圧迫を受け前にした供述と異る供述をする虞がある事由を疏明しなければならないことは、同条第二項の明定するところであるが、疏明資料を提出したことは証人尋問請求書その他の書類上明らかにしておかなければならない事項ではないから、本件において検察官が証人遠藤修司に対する尋問を請求するにつき疏明資料の提出されたことが記録上明らかでないからとて、直ちに所論のように疏明がなされなかつたものと速断することはできない。却つて、裁判官がその請求を受理して証人尋問を施行している以上、反証のない限り所定の疏明がなされたものと推定するのを相当とする。のみならず、原審第十三回公判調書中証人小島与三郎の供述記載によれば、検察官は裁判官に対し右証人尋問を請求するにあたり、前記事由の疏明資料として捜査記録を提出したことが窺われるのであるから、請求を受けた裁判官は該資料により具体的にその事由ありと認定して右証人尋問を施行したものであることが認められるのであつて、右認定に誤あることを疑うべき証跡は存在せず、右小島証人の証言が所論のように「苦しまぎれ」になされた真実性のないものであることを窺うべき証拠はなく、公判期日において圧迫を受ける虞のある場合を所論のように暴力団等から恐喝された被害者が捜査機関に対する供述後その身内の者から脅迫されているような場合のみに限るべき理由はなく、遠藤修司がかつて高等学校の教諭であり県議会議員の現職にあるからとて右の虞がないといいえないことは勿論であり、又疏明資料の種類についてはこれを制限する別段の規定がないのであるから、検察官が疏明資料として捜査記録を提出したことを目して同法第二百五十六条第六項の精神に照し違法であるということはできない。

(三)、右証人尋問の請求が刑事訴訟規則第百六十条第一項第七号に違背し、この違法な請求に基く証人尋問の手続並びに証人尋問調書は無効であるとの主張について、

記録に徴するに、検察官が刑事訴訟法第二百二十七条第一項により証人遠藤修司の尋問を請求した当時、すでに被告人又はその妻において弁護士阿部義次、同片岡政雄、同堀切真一郎を弁護人に選任し、その届書が福島地方検察庁に提出されていたにかかわらず、検察官が右証人尋問の請求をするにあたり、所定の証人尋問請求書に右各弁護人の氏名の記載を遺脱したこと及び請求を受けた裁判官が右各弁護人を立ち会わせないでその尋問を施行したことが明らかであつて、右請求の手続が刑事訴訟規則第百六十条第一項第七号に違背することは洵に所論のとおりである。しかし同法第二百二十七条第一項に基く証人尋問については同法第二百二十八条第二項が裁判官は、捜査に支障を生ずる虞がないと認めるときは、被告人、被疑者又は弁護人を尋問に立ち会わせることができる旨規定して、この場合は捜査の必要上被告人、被疑者、弁護人の各立会権は原則としてこれを否定し、その立ち会わせると否とを一に裁判官の自由裁量に委ねている法意に鑑みるときは、請求手続における右の違法は直ちにこの請求手続の無効を来し、ひいて右請求に基く証人尋問の手続ないし証人尋問調書の効力を失わしめるものと速断することはできない。のみならず、原審第十三回公判調書中証人小島与三郎の供述記載によれば、検察官は証人尋問の請求を受けた裁判官に対し、その尋問前前記各弁護人の氏名を電話で通知した事実が窺われるのであり、従つて、右請求書にその氏名の記載を遺脱した違法は実質的には治癒されたものと解することができる。従つて、認めるべき反証のない本件においては裁判官は被告人に弁護人の選任されている事実を知りながら、捜査に支障を生ずる虞があるものと認めて弁護人を尋問に立ち会わせなかつたものと推認するのを相当とする。右小島証人の供述が所論のように「窮余の供述」であつて信憑性のないものであることを窺うべき証跡はない。所論反対尋問権の保障に関する憲法上の要請は、記録上明らかな如く、遠藤修司が後に検察官の請求により原審公判期日において更に証人として尋問を受け、被告人側の反対尋問にさらされたことによつて十分充されたものと解することができる。

更に記録を精査するも、右証人尋問が訴訟法規に違背してなされたことを認むべき資料はなく、当審受命裁判官の証人遠藤修司に対する尋問調書中、尋問を受けるに際し裁判官から偽証の罰及び証言拒絶権を告げられなかつたとの供述記載部分は措信することができない。されば原判決が右証人尋問手続を適法かつ有効と判断し、その証人尋問調書を同法第三百二十一条第一項第一号に該当する書面として罪証に供したのは正当であつて、所論のような証拠能力のない証人尋問調書を証拠とした違法ないし訴訟手続上の法令違背は存しない。所論は独自の解釈に基く主張であつて採用し難い。論旨は理由がない。

長谷川弁護人の控訴趣意(2) 及び片岡弁護人の控訴趣意第三点の(二)(刑事訴訟法第三百十九条第二項違反の主張)について、

しかし、共同被告人として審判を受けない共犯者の自白は、刑事訴訟法第三百十九条第二項にいわゆる自白に該らないと解するのを相当とするところ、遠藤修司は被告人と共犯の関係にはあるも本件において共同被告人として同時に判決を受けた者ではなく原判決が採証した遠藤修司関係の調書は同人が被告人と共同被告人として審理中に作成されたものでもないのであるから、同人の自白のみによつて被告人を有罪とすることは毫も違法ではないのみならず、かりに所論の採る反対の見解に拠るべきものとするも、原判決が原判示各事実につき挙示する各証拠の内容を記録につき仔細に調査するに原判決は、右各事実を被告人と共犯の関係にある遠藤修司の自白のみによつて認定したものではなく、右自白とその自白にかかる事実が真実であることを保障するに足る内容を含む他の証拠とを綜合して認定したものであることが明らかである。所論は独自の見解に基くものであつて採用しえない。論旨は理由がない。

片岡弁護人の控訴趣意第一点の(一)(証拠として事実を引用した点につき理由不備を主張する部分)について、

原判決が「被告人が原判示選挙に予て立候補することを決意していた事実」を証拠によつて認定し、右事実を原判示第一の(一)(二)の各事実認定の資料として引用していることは所論のとおりである。而して事実自体はもとより証拠ではなく、証拠により認定さるべきものであるから、証拠により証明されない事実を他の事実認定の資料に供することの違法であることは勿論であるが、証拠によつて一定の事実を認定し、右認定された事実を他の事実認定の資料に供することは、すなわち間接証拠による事実認定の方法であつて、毫も違法ではない。原判決の証拠説明の前後の関係より観察するに、原判決が原判示第一の(一)(二)の各事実の認定資料として前記立候補決意の事実を引用したのは、右間接証拠による事実認定の方法に拠つたものであることが窺われるから、原判決には所論のような刑事訴訟法第三百十七条所定の証拠裁判の原則によらないで事実を認定した違法も理由不備の違法も存しない。所論は独自の見解による主張であつて採るに足らない。論旨は理由がない。

長谷川弁護人の控訴趣意(3) 、(5) ないし(9) 、片岡弁護人の控訴趣意第一点の(七)の(A)、第四点及び阿部、北川両弁護人の控訴趣意第二点中裁判官の証人遠藤修司に対する尋問調書記載の供述に任意性及び真実性がないとの主張について、

所論は、要するに、原判決引用の菅家裁判官の証人遠藤修司に対する尋問調書記載の供述は、同証人が、小島検事の「判事に対しても検事に対して述べたと同様のことを述べればすぐ釈放される」との甘言誘惑に惑わされ、或は「判事が同証人のいうことを受け入れず、選挙の金だらうと責め立てるので、検事と判事との間にはすでに連絡があり、検事に対して述べたことと同業に述べなければ何時までも釈放されないと思い、判事の意に逆わないように努めた結果」、或は裁判官の予断に基く誘導尋問にかかつて述べたものであつて、任意性も真実性もないというに帰する。よつて按ずるに、右証人尋問調書の記載によれば、裁判官の同証人に対する尋問中には、誘導尋問の疑のある部分がないわけではない。しかし、わが刑事訴訟法規には誘導尋問を禁止した規定はないのであるから、かりに誘導尋問がなされた場合でも、それに対する供述が直ちに証拠能力を喪うものと解することはできないのであつて、唯証拠価値に関する心証の問題として扱われるにすぎないのである。本件において右証人尋問調書により尋問及び供述の内容を仔細に調査するも、所論のように同証人が右尋問に誤られて任意でない虚偽の供述をしたものとはとうてい認めることができない。もつとも、右証人尋問調書記載の供述中、昭和二十七年六月十七日福島農蚕高等学校において同窓会評議員会終了後、被告人が同証人に対し立候補の意思を漏した旨の供述部分が、所論引用の反証と符合せず、少くとも右日時場所の点において真実に副わないと認めらるべきことは所論のとおりであるが、原判決は右の部分を除外して採証した趣旨と解するのを相当とするのみならず、同証人が右のような誤つた供述をしたのは、右反証及び被告人の検察官に対する第三回及び第十回各供述調書の記載(右各供述調書記載の供述が任意性及び真実性を欠くものでないことは後段説示のとおりである)により認めうるが如く、その頃同校において同窓会及び父母教師の会関係の会合が数回催された事実があり、又その頃同証人は被告人から会う度毎に立候補の希望を打ち開けられその応援を依頼された事実があるため、これらのことに対する記憶と彼此混淆したことに基くものとも解しえられないわけではないのであつて、右の一事により直ちに同証人の供述全体が所論のように不任意かつ不真実であると断ずることはできない。更に記録を精査するも、右証人尋問調書記載の供述が、所論のように検察官の甘言誘惑により或は釈放を希う余り裁判官に迎合してなされた任意性を欠く虚偽のものであることを疑うべき証跡を発見することができない。却つて右証人尋問調書の記載により明らかに認めうるが如く、同証人が裁判官の尋問に対し、整然たる理路の下に本件につき詳細な供述をし、その間特に不合理不自然な点を見い出し難く、しかもその取調の終りに際し、「何かいい落したこと或は取調についていつておくことはないか」との裁判官の問に対し、「取調について意に満たないことはありませんが、私は最初から理想選挙を取り行いたかつたのでありますが、かような事態に立ち到り、選挙民に対し誠に申訳なく思つておりますから、これらの人々の点について御同情いただきたいと思います」と答え、次いで「証人の利益となることがあつたら述べなさい」との裁判官の問に対し、「私は今回の選挙のためにもらい受けた金は私腹を肥やすためには費わないつもりで参りました。私は学校教育に永い間携りました。今後の政治の強化は誠に甚大であると考え、昨年四月の県会議員の選挙に自ら理想選挙を標榜してそれを達成して来た者でありますが、その後県会議員として一年数ケ月、自分では献身的に働いて来たつもりであります。今後もその決意には変りはございません。今後は再びかような失敗を繰り返さない堅い決意を持つております」と述べ、本件を惹き起したことに対する悔恨の情と更生を誓う決意の程を披歴している事跡に、記録に顕われた諸般の情況を併せ考量するときは、同証人の菅家裁判官に対する供述は任意にされたものであつて、記憶の混同によるものと認められる部分を除いては客観的真相に合致するものと認めるものを相当とし、同証人が右裁判官に対し心境を吐露した右摘録の部分が、所論のように「裁判官に迎合して一日も早く釈放されようと考えた卑屈心の現われ」ないしは「勾留中の者の取調官に対する常套的迎合的言辞」とは認め難く、もとより勾留中の者は必ずや迎合心に基き右のような供述をするという実験則なるものが存在するわけではない。同証人の原審公判調書並びに当審受命裁判官の尋問調書中以上の点に関する供述記載部分は輙く措信することができない。されば、原判決が菅家裁判官の同証人に対する尋問調書記載の供述に任意性及び真実性ありと認め、これを採つて以て事実認定の資料に供したのは相当であつて、証拠能力及び証拠価値に関する判断を誤つた違法も理由不備の違法も存しない。所論は独自の解釈に基く主婦であつて採用し難い。論旨は理由がない。

長谷川弁護人の控訴趣意(4) 、ないし(9) 、片岡弁護人の控訴趣意第一点の(七)の(B)(C)、第三点の(一)、第四点及び阿部、北川両弁護人の控訴趣意第二点中遠藤修司の検察官に対する各供述調書謄本記載の供述に任意性、真実性及び特信性がないとの主張について、

所論は、原判決引用の遠藤修司の検察官に対する各供述調書謄本記載の供述は、検察官において或は同人に対し拷問、強制を加え、或は同人を威迫誘導し、或は同人の取調官に対する迎合的心理を利用してなさしめた自白であつて、任意性、真実性及び特信性の全くないものであるというに帰する。そこでまず、任意性及び真実性を疑わしめる具体的事由として所論の指摘する諸点について順次検討する。

(一)、遠藤修司の粂検察官に対する自白は、同検察官が遠藤修司と三時間も無言で相対峙した後にえられたものであつて、一種の暴力によらざる拷問、強制に基くものであるとの主張について、

しかし、原審公判調書中証人粂進の供述記載及び遠藤修司の検察官に対する第十二回供述調謄本の記載によれば、原判決も指摘するとおり、同検察官は当時聞込のあつた被告人派に属する他の県会議員の選挙違反の事実を聞き出すため、遠藤修司に対し、「あなた以外に違反事実があるかどうか知らないか」と尋ねたところ、同人は「述べたが一寸待つてくれ」と答えてから二、三時間もその場で沈思黙考した末、「これから申し上げます」と前置きして、検察官としては全く予想しない原判示第二の(一)(二)の鈴木正一及び佐々木定一関係の犯行その他をすらすらと供述し、なお右両名はいずれも同人の教子であり将来ある青年であるので、今までは右各事実を述べる決心がつかなかつた旨涙を流して供述したというのである。理由はどうあらうと、取り調べる者と取り調べられる者とが二、三時間も無言のまま相対するというような取調の方法は、一考を要すべきものではあらうけれども、本件においては取り調を受ける遠藤修司自身が、進んで検察官に対し考慮の時間を与えられることを申し出でてその許しをえた上、慎重熟慮の結果右犯行を自供するに至つたものであることが、窺われるのであるから、右時間の関係のみを過重に評価し、右自白を目して所論のように暴力によらざる拷問強制による自白と断ずることは相当でない。

(二)、小島検察官は、被告人派の被疑者吉田秋一外二名に対し保釈の決定があつたにもかかわらず、釈放指揮書に署名押印しないで不法勾留を継続し、一旦裁判所に提出した同派の被告人宍戸春男に対する起訴状をすり換え、被告人等と弁護人との接見を看守をして妨害中止せしめて弁護権を不法に制限するような検察官としての適格を有しない者であるから、かかる検察官の作成した遠藤修司に対する供述調書謄本記載の供述は任意性がないとの主張について、

検察官としてその職務上所論のような取扱をしたことがあるとしたなら右は洵に不当であつて慎まねばならないことであるのはいうまでもないところである。しかし、自白に任意性があるかの点は、もつぱら自白をした取調当時の状況に照して判定すべきものであるから、かりに同検察官が所論のような芳しからぬ取扱をした事実があつたとしても、そのことから直ちに遠藤修司の同検察官に対してなした自白が任意にされたものでないと速断することはできない。

(三)、遠藤修司の検察官に対してなした供述中、昭和二十七年六月十七日福島農蚕高等学校において、同窓会評議員会終了後被告人が立候補の意思を明らかにしたとの点は事実に反し、原判示第一の(二)の事実に関する金員授受の日時の点が各供述調書謄本を通じ曖昧であり、同第二の(一)の事実に関する金員授受の日時刻限、金員授受の際居合わせた者、右金額を定めた経緯等につき再三供述の変更が行われたのは、検察官の強制により虚偽の供述をした証左であるとの主張について、

右主張のうち、被告人が福島農蚕高等学校評議員会終了後の席上で立候補の意思を明らかにしたとの点についての判断は、さきに裁判官の証人遠藤修司に対する尋問調書中同趣旨の供述記載部分につき説示したところと同一であるから、ここに再論しない。金員授受の日時その他所論の指摘する事項に関し、供述が曖昧であり、又供述の変更が再三行われたことは所論のとおりであるが、日時に関する供述が曖昧であるのは要するに同人がこの点につき正確な記憶を有していないことに基くものであり、供述に所論の変更のあつたのは、正確な記憶を喚び起して前の供述を訂正したまでのことであると認めるべきであつて、右はいずれも同人の供述全体が任意でないこと若しくは真実でないことを疑わしめる事由とはなし難い。

(四)、遠藤修司が、昭和二十七年八月二十八日進行中の自動車内で被告人から十万円を受け取つた際、該自動車が通つた道筋であるとして検察官に対し述べた福島市中町六十七番地農業会館表玄関前から同市上町電鉄上町停留所までの通路は遠廻り路であり、しかもそのいうところの金銭授受は時間的に不可能であるから、右供述は検察官の強制誘導に基く創作であるとの主張について、

しかし、原審検証調書並びに当審受命裁判官の検証調書の各記載によれば、遠藤修司の述べる自動車の運行したという通路は右農業会館表玄関前から電鉄上町停留所に至る最短距離ではないが、最短距離よりわずか約三十米遠いだけであり、しかも道路の幅員を考慮に容れれば、人車の交通状況の如何によつては、同人の述べる経路を運行することが適当である場合も考えられるのであつて、この点に関する同人の供述は必ずしも不自然ではなく、又右証拠によれば、時速約十五粁程度の乗用自動車が通常市内を走る速度で、右経路を運行するに要する時間は約二分、右農業会館表玄関前から金十万円の授受が行われたという地点まで運行するに要する時間は約三十八秒であるから、所論のように進行する自動車内での金員の授受は時間的に必ずしも不可能であるということはできないことが窺われる。従つて遠藤の前記供述は所論のように不自然であり、時間的に不可能であるから任意に基かない創作であると認めることはできない。

(五)、昭和二十七年七月二十八日の衆議院解散の当日被告人が遠藤修司と会つていないことすなわち被告人のその日のアリバイは証拠上明白であるから、原判示第一の(二)のように、その日の夕方被告人と会い進行中の自動車内で被告人から金十万円を受け取つた旨の遠藤修司の供述は、検察官の強制誘導に基く虚偽の供述であるとの主張について、

遠藤修司の右供述と正面から矛盾するものと思われるのは、証人飛島定城の原審公廷における、右解散当日の午後一時頃ないし三時頃から午後八時頃か九時頃まで引き続き同証人の勤務する福島民報社次いで同証人方において被告人と会談したと受け取れるような内容を含む供述のみであるから、同証人の供述内容を記録につき仔細に検討するに、右解散の日被告人が同証人を訪問したか否かの点に関する弁護人の問に対する同証人の答は、「解散の当日は新聞社というものは外部からの想像のつかない程忙しく、かつ総選挙という状勢になると外部からの訪問客も普通より多いわけだから、被告人も恐らく来たらうと思う」とか「大ていの人が政治、選挙状勢を聞くため、或は情報をうるため来たわけで、そういえば被告人が開襟シヤツを着て暑い暑いといつて来たのはあの時か…」というのであつて、同証人が果して明確な記憶に基いて証言したのであるか否か疑問がないわけではないのみならず、解散というあわただしい情況のさ中に、しかも同証人のいうとおり、新聞社というものは外部からの想像がつかない程忙しく、かつ総選挙という状勢になると訪問客が普通より多いわけであるのに、被告人と前後六、七時間に亘り引き続き対談したというが如きことは、たやすく首肯しえないところであるから、同証人の供述は遠藤修司の前記供述を覆えすに足る程強い証拠価値あるものと断ずることはできない。

その他所論の縷々開陳する事情はいずれも、遠藤修司の検察官に対する供述が、所論のように強制拷問威迫誘導検察官の不当な影響の下になされた真実に反するものであることの証左とはなし難い。却つて、同人の検察官に対する各供述調書謄本の形式並びに内容を原審公判調書中証人粂進及び小島与三郎の供述記載を参酌して具さに調査するときは、遠藤修司の検察官に対する自白は、同人自らが自白するに至つた心境の推移として検察官に対し述懐しているとおり、同人が内省を重ねた結果良心の命ずるままに真実を吐露したものであつて、所論のように検察官の不当な圧力の下に虚構の事実を捏造したものではないことが窺われるのであり、証人遠藤修司の原審公判調書及び当審受命裁判官の尋問調書中右認定に反する供述記載部分は、以上の各証拠と対比し措信することができない。而して同人の検察官に対する供述が、これと相反する同人の証人として原審公判期日においてなした供述よりも信用すべき特別の情況の存することは、以上説示するところにより自ら明白であるから、原判決が同人の検察官に対する各供述調書謄本を刑事訴訟法第三百二十一条第一項第二号に該当する書面として採用しこれを罪証に供したのは相当であつて、原判決には所論のような証拠能力及び証明力に関する判断を誤つた違法、理由不備、法令適用の誤等は存しない。所論は独自の見解に基く主張であつて採用に値しない。論旨は理由がない。

阿部、北川両弁護人の控訴趣意第二点の一、長谷川弁護人の控訴趣意(5) 及び片岡弁護人の控訴趣意第一点の(二)、第四点の(一)(原判示第一の冒頭前段の立候補の決意の時期に関する理由不備、事実誤認の主張……遠藤修司の供述の任意性及び真実性に関する主張部分はこれを除く、以下同じ)について、

特定の議員選挙につき立候補の決意未確定の者のために立候補を条件として投票取締等を依頼し、その報酬等として金員を供与することも亦ひとしく選挙運動であつて、運動の当時その特定人が現に立候補することの確定的な意思を有していた者であることは、選挙運動の観念の要素をなすものではないと解すべきところ、原判決が原判示第一の冒頭前段の事実につき挙示する各証拠を綜合すれば、被告人は昭和二十七年七月頃、少くとも原判示第一の(一)の金員授受の行われたという同月二十日頃前において、当時の政局から観て早晩衆議院議員総選挙の行わるべきことを予想して、該選挙に立候補する意思を確定していたことはこれを確認しえないが、その頃すでに右のような予想の下に、事情が許すならば右選挙に立候補したいという程度の希望ないし意図を有していたことは優に認定することができる。されば原判決が「被告人が予て立候補することを決意し」と判示したのは、措辞当を欠く憾はあるが、これを引用証拠と対照して考察するに、原判決のいわゆる決意とは、立候補することの確定的な意思を指すものではなく、立候補の希望ないし意図という程度の意思を持つていたということを表現する意味であると解しえられないわけではないから、原判決はこの点に関し理由不備及び判決の影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認を犯したものということはできない。論旨は結局理由がない。

阿部、北三両弁護人の控訴趣意第二点の二の(一)(二)、長谷川弁護人の控訴趣意(6) 及び片岡弁護人の控訴趣意第一点の(三)、第四点の(二)(三)(原判示第一の(一)の事実に関する理由不備、事実誤認等の主張)について、

しかし、原判決が原判示第一の(一)の事実につき挙示する各証拠を綜合すれば、右事実殊に所論金員授受の趣意の点は、これを認定することが可能であり、右証拠中被告人の検察官に対する第四回供述調書の記載及び被告人の原審公廷における供述は原判示事実に符合する部分のみを採証した趣旨と解するのを相当とし、原判決の引用する吉田秋一の検察官に対する第四回供述調書謄本記載の供述が、所論のように検察官の誘導或は強要によりなされた虚偽のものであることを疑うべき証跡はなく、又右供述が不合理であるとの所論の主張は、右供述調書謄本中に「立候補後の選挙運動を約した先生」とある部分を、「立候補後の選挙運動をした先生」と読み誤つたことに基くものであつて、これをその記載どおり正読するにおいては、論理は前後一貫して毫も不合理ではなく、右認定に反する証人遠藤修司の原審公判調書及び当審受命裁判官の尋問調書中の供述記載部分は、以上の各証拠に照し信を措き難く、その他所論の主張する事情は叙上の認定を左右するに足らず、記録を精査するも、原判決には理由不備、事実誤認、採証法則の違反等は存しない。所論は原判決の採らない証拠若しくは独自の見解に基く主張であつて採用し難い。論旨は理由がない。

阿部、北川両弁護人の控訴趣意第二点の二の(三)、長谷川弁護人の控訴趣意(7) 及び片岡弁護人の控訴趣意第一点の(四)、第四点の(四)(原判示第一の(二)の事実に関する理由不備、事実誤認の主張)について、

しかし、原判決が原判示第一の(二)の事実につき挙示する各証拠を綜合すれば、右事実殊に所論金員授受並びにその趣旨の点はこれを肯認しうるところであり、所論の引用する原審公判調書中証人飛島定城、同熊坂器太郎、同遠藤修司、同佐藤達也及び被告人の供述記載部分並びに当審受命裁判官の証人遠藤修司、同佐藤達也に対して各尋問調書中の供述記載部分は前掲各証拠と対比し信を措き難く原審公判調書中証人佐藤いし、同須藤仁郎、同大竹作摩、同鈴木美雄、同長沢鹿多、同宮村義一その他所論の引用する証人の供述記載部分は右認定を覆えずに足る資料となすに足らず、更に記録を精査するも、原判決には理由不備、事実誤認の違法等は存しない。所論は原判決の採用しない証拠に独自の見解を交えて原判決を論難するにすぎないもので採用し難い。論旨は理由がない。

阿部、北川両弁護人の控訴趣意第二点の三、長谷川弁護人の控訴趣意(8) 及び片岡弁護人の控訴趣意第一点の(五)、第四点の(五)(原判示第二の(一)の事実につき理由不備、事実誤認等の主張)について、

しかし、原判決が原判示第二の(一)の事実につき挙示する各証拠を綜合すれば、右事実殊に所論共謀の点は優に認定しうるところであり、原判決の引用する鈴木正一の検察官に対する第一回及び第四回各供述調書謄本記載の供述が、所論のように検察官の誘導等に基きなされた真実性を欠くものであることを窺うべき証跡はなく、原判決は被告人の検察官に対する第七回供述調書及び佐藤達也の検察官に対する第七回供述調書謄本中原判示事実に副う部分のみを採証した趣旨と解するのを相当とし、この点に関し所論の引用する原審公判調書中証人遠藤修司、同佐藤達也、同矢吹修三の供述記載部分及び当審受命裁判官の証人遠藤修司、同佐藤達也に対する各尋問調書中の供述記載部分は前掲各証拠と対比し措信し難く、原審公判調書中証人阿部俊一の供述記載は右認定を左右するに足らず、その他所論の指摘する事情は右認定を妨げるものではなく、更に記録を精査するも原判決には理由不備、採証法則の違反、事実誤認の違法等を発見することができない。所論は原判決の採らない証拠若しくは独自の見解に基く主張であつて採用し難い。論旨は理由がない。

阿部、北川両弁護人の控訴趣意第二点の四、長谷川弁護人の控訴趣意(9) 及び片岡弁護人の控訴趣意第一点(六)、第四点の(六)(原判示第二の(二)の事実に関する事実誤認の主張)について、

しかし、原判決が原判示第二の(二)の事実につき挙示する各証拠を綜合すれば、右事実殊に所論共謀の点は優に肯認しうるところであり、原判決の引用する佐々木定一の検察官に対する各供述調書謄本記載の供述が、所論のように虚偽であることを疑うべき証跡はなく、この点に関し所論の引用する原審公判調書中証人遠藤修司、同佐藤達也の供述記載部分及び当審受命裁判官の右各証人に対する尋問調書中の供述記載部分は前掲各証拠に照し信を措き難く、原審公判調書中証人佐々木定一の供述記載部分は叙上の認定をなすに妨となるものではなく、その他記録を精査するも原判決には理由不備、採証法則の違反、事実誤認の違法等は存在しない。原判決の採らない証拠に独自の解釈を加えて敢えて原判決を論難するにすぎないもので採用の限りではない。論旨は理由がない。

阿部、北川弁護人の控訴趣意第三点(量刑不当の主張)について、

よつて、本件訴訟記録により主観、客観の両方面より諸般の情状を審査するに、被告人は本件において前後四回に亘り相当多額の買収金を他に供与し、その大部分が更に下部に対する買収資金として流されるに至らしめ、以て公職選挙法の公明かつ適正の基本精神を蹂みにじつた点において、その情洵に軽からざるものがあると考えられるが、飜つて被告人の性行、経歴、犯罪後の情況等を観るに、被告人はその性温厚篤実であつて郷党の信望厚く、福島県立信夫農学校卒業後家業である農業に精励していたが、昭和十四年実父利助の後を襲つて同県信夫郡清水村長に就任し、次いで同県議会議員となり、本件違反に問われた昭和二十七年十月一日施行の衆議院議員総選挙に同県第一区より自由党を標榜して立候補し当選して衆議院農林常任委員を勤め、続いて昭和二十八年四月十九日施行の衆議院議員総選挙に同様立候補し再び当選して自由党総務の要職に就き、その間各種地方産業経済関係団体の役員に就任し、現に福島県経済農業協同組合連合会長の重宝にあるものであつて、被告人が過去において或は国の立法に参画し或は地方の政治及び産業経済の発展に挺身して寄与した功績は決して少しとはしないのみならず、被告人が前記のとおり再度の衆議院議員総選挙に立候補した際は自重戒心し、被告人派から一名の違反者をも出さずして当選し、旧臘の解散に至るまで大過なくその職責を果し、本年二月二十七日施行された衆議院議員総選挙に際しては、本件につき第一審において有罪判決を受けた以上、重ねて立候補することは公明選挙の趣旨に副わないとの信念の下に立候補を断念し、ひたすら自戒にこれ努めている事実が明らかである。以上説示の情状に所論の各事情を綜合して原判決の量刑を検討するときは、その量刑重きに過ぎ失当と認められる。論旨は理由がある。

よつて、刑事訴訟法第三百九十七条第三百八十一条により原判決を破棄し、同法第四百条但書により当裁判所は改めて次のとおり判決する。

当裁判所の認定した罪となるべき事実及びこれに対する証拠の標目は、原判決の罪となるべき事実及び証拠の標目の記載中「立候補することを決意し」とあるのを「立候補することを希望し」と改める外、すべて原判決の示すところと同一であるから、これを引用する。

右認定した罪となるべき事実に法令を適用するに、被告人の原判示所為中第一の(一)(二)のうちの立候補屈出前の選挙運動をした点は包括して公職選挙法第二百三十九条第一号第百二十九条罰金等臨時措置法第二条に、第一の(一)(二)のうちの金員供与をした点は公職選挙法第二百二十一条第一項第一号罰金等臨時措置法第二条に、同第二の(一)(二)の各金員供与の所為は公職選挙法第二百二十一条第一項第一号罰金等臨時措置法第二条刑法第六十条に各該当するところ、右第一の立候補屈出前の選挙運動をした罪と金員供与の罪とは一箇の行為で数箇の罪名に触れる場合であるから、刑法第五十四条第一項前段第十条により重い金員供与罪の刑による一罪とし、以上は同法第四十五条前段の併合罪であるから、所定刑中いずれも懲役刑を選択した上、同法第四十七条第十条により最も重い第二の(二)の罪の刑に法定の加重をした刑期範囲内において、被告人を懲役八月に処し、同法第二十五条第一項により本裁判確定の日から一年間右刑の執行を猶予し、情状により公職選挙法第二百五十二条第三項に則り被告人に対し同条第一項の選挙権及び被選挙権を有しない旨の規定を適用しないこととし、訴訟費用については刑事訴訟法第百八十一条第一項本文第百八十二条を適用し、主文末項掲記のとおりその負担を定め、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松村美佐男 裁判官 細野幸雄 裁判官 有路不二男)

弁護人長谷川太一郎の控訴趣意

原判決は事実を誤認しそれが判決に影響を及ぼしたことが明かであるばかりでなく、判決に影響を及ぼすべき法令の違背があります、以下項を逐つて説明申し上げます。

(1) 遠藤修司に対する裁判官の尋問調書の証拠力について

遠藤修司に対する裁判官の尋問調書を証拠と為すことに付いての異議は原審に於て棄却されましたが右証人尋問手続は違法であつてかかる違法な手続による尋問調書は証拠能力無きものである事を説明致します。

(A)刑事訴訟法第二二七条による証人申請を為す場合は証人申請書に弁護人の氏名を記入しなければならない事は刑事訴訟法規則第一六〇条第七号の明記するところであります然るに遠藤修司に対する公判開始前の証人尋問申請書には弁護人の氏名を記載してありませんからかかる違法な申請によつて施行された尋問調書の記載は証拠能力なき旨の主張を致しましたのに対し原判決は此程度の様式上の瑕疵があつたとしても証人尋問手続は有効であると説示しました

然しあらゆる証人調に際しては弁護人を立会せしめようとしている事は弁護権尊重を高揚している憲法の趣旨を体した刑事訴訟法の重要視しているところでありますからこれに違背した証人申請並に違法な手続による証人尋問は無効であると申さなければなりません然るに原判決は単なる様式上の手落であるとあつさり片付けていますが誤りであります右証人調を申請した小島検事は被疑者の拘留期間の末日を撰び僅か数分間だけ弁護人との面接日時を指定するとか、被疑者に対し弁護人と面接することを避ける様仕向けたり、保釈決定があつた後速かに釈放せられたき旨の交渉をしてもこれを許されず引続き四時間以上も拘留のまま取調べを続行したりする様な特異な検察官であり弁護権の行使を極端にきらつていた事は記録上明白であります斯様に弁護権の行使を嫌つている検察官の為せる証人申請でありますから証人申請書には故意に弁護人の氏名を記入しなかつたものであつて弁護権を制限しようとする悪質な意慾の潜むものと断定せざるを得ない次第であります然るにかかる悪質な証人申請に付いて原判決は申請用紙が刑訴規則第百六十条第七項の追加されざる当時の古い用紙であつて弁護人の氏名記載欄がなかつたから弁護人の氏名の記載がなくとも裁判官は弁護人が選任されて居る事を確認したものと認めるを相当とするを説示して右証人申請書の違法を合法化しようとつとめています些細な手続上の欠点を兎や角とがめ立する事は感心しませんが斯様な重大な瑕疵を様式上の瑕疵などと片付けようとする事は到底許されるものではありません刑訴規則第百六十条第七号は改正追加したものであり憲法第三七条の弁護権尊重の実を挙げようとする重要な規定であつて決して軽々しく片付けられるものではありません元より証人調に当り弁護人を立会せしむべきか否かは裁判官の判断に任かされて居りますが裁判官に対し弁護人の有る事を知らしめず弁護人を立会せしむべきか否かを判断すべき資料を与えない右証人申請書は悪質な弁護権の制限のあらわれであり旧予審時代への逆戻りであります

本件に於ては公判開廷前の右証人調に当り弁護人が立会して反対尋問を為す機会があつたならば遠藤修司の証言内容は全然違つたものとなつたに相違ありません原判決は斯様な違法な手続による証言を採用して被告人有罪の資料としましたが全く憲法第三十七条の精神を無視し刑訴法の期待している弁護権を軽視した違法の処置であつて許さるべきものではありません

(B)刑訴第二百二十七条により証人申請を為すには公判期日に於て圧迫を受け前にした供述と異る供述をする虞れある事を疎明しなければなりません然し右遠藤に対する証人申請に付いては法の要求する疎明をした形跡はありません又実際上高等学校の教授であり県会議員の現職にある遠藤が圧迫を受ける恐れがあるなどと言う事は常識上あり得ない事でありますから其疎明方法はあり得ないと考えられます裁判官としては証人申請があれば当然証人尋問をしなければならないとアツサリした考で軽卒に証人調を施行されたと推測されますが若しそうだとすればこれは実に由々敷誤りを犯したものと信じます然るに原判決は刑訴二百二十七条は疎明資料の表示を要求しておらず其記載がなかつたとしても疎明資料の提出がなかつたものとは言い得ないむしろ裁判官が証人尋問を施行した以上疎明があつたものと解するのが妥当であると説示しています誠に恐入つた考方ではありますまいがこれでは役所のする事に手落はないと言うほしいままなる考であつて通常人の納得し得ない事であります小島検事は公判廷の証人として証人申請に当り所定の疎明をしたか否かに関する反対尋問に対し苦しまぎれに捜査記録を裁判所に提出したなどと述べましたが其形跡はありません仮りに小島検事の証言の如く公判開廷前捜査記録を裁判所に提出した事が本当だとすれば是れは刑訴法第二五六条の精神に照らし重大問題となりましよう以上述べました様に原審に於ては以上違法な証人申請を合法化せんとして説示につとめて居りますが到底正鵠を得たものとは申されません所様な考ははたして憲法第七十六条の精神に添つた裁判と言い得るものでありましようか貴庁の御明鑑を仰いで止まざる次第であります

弁護人片岡政雄の控訴趣意

第二点刑訴第三七九条該当について。

原判決は、訴訟手続に法令の違反があつて、その違反が判決に影響を及ぼすこと明かな場合に該当するものである。

(一)刑訴第二二七条第一項違背の点について。

原判決は、遠藤修司に対する裁判官の尋問調書の記載を証拠に引用し断罪の資料としているが、右調書は刑訴第二二七条第一項に基き行われたいわゆる起訴前の強制処分であり、旧刑訴の規定と異り厳重な要件を必要とするもので、刑訴第二二三条第一項所定の「被疑者以外の者」であることが証人として尋問する場合の資格要件であること法文上明白である。然るに右遠藤は当時被告人と共犯関係にある被疑者として検察官より取調中なりしことは遠藤検調の各記載に徴し明かであるから同人は単なる参考人に非ず、従つて刑訴第二二七条第一項所定の「第二二三条第一項の規定による検察官、検察事務官又は司法警察職員の取調に際して任意の供述をした者」に該当しない。即ち遠藤の供述は「被疑者」としての供述であつて、「被疑者以外の者」としての供述でもないこと明かである。しかも同人の供述が任意のものに非ざることは既述の通りである。又該要件としては「公判期日において圧迫を受け前にした供述と異る虞れがあり、且つその者の供述が犯罪の証明に欠くことができないと認められる場合」でなければならない。しかるに本件において、同人が公判期日において圧迫を受け前にした供述と異る供述をなす虞れは毫末もないものである。

刑訴第二二七条の立法趣旨は、検察官その他の捜査機関の参考人の取調は、全く任意処分であるが、かかる任意処分としての参考人の取調のみでは果して十分な捜査を遂行し得るかどうか疑問があり、この欠陥を補正する意味において規定されたものであるが、旧刑訴時代の起訴前の強制処分若くは予審制度における弊害を避け真に己むを得ない場合に限り厳格な要件の規正に従つてのみ証人尋問請求権を附与したものであり、例えば、兇悪な強喝事件等の被害者中には、公判期日において圧迫を受け真実の供述をしない虞が予想されるので、本規定を設けたものであつて、本件被告人が自己の選挙運動者たる証人遠藤修司に対し圧迫を加うるが如き、又は何人かがその利害関係に基き、右遠藤の公判期日において供述に圧迫を加え、前の供述に異る供述をなす虞などに絶対なかりしものである。又遠藤修司が検察官並に裁判官の面前の供述と原審公廷における供述とが異ることは、本件記録上、明かであるが右異る供述をなすに至つた経過は同人の原審公廷において述ぶる通り、検察官等に対する供述が、任意に非ず且つ事実の真相と異るからであつて、いずれにせよ、検察官の右証人尋問請求は刑訴第二二七条第一項の要件を欠き不適法なものであり、これを証拠として採用は許されないものである。

原判決は、「共犯者たる被疑者であつても、他の共犯者たる被疑者の関係においては、これを証人として尋問するも違法でないことは、累次の判例の示すところである」旨、判示しているが、その累次の判例とは、不明瞭であるが、おそらく「刑訴第二二七条により証人尋問を受けた証人が後に共犯者として起訴せられても、その証人尋問調書は、他の共同被告人との関係においては、刑訴第三二一条第一項第一号に基き証拠能力がある」(名古屋高裁二六、一一、二八言渡)、或は「共同被疑者として勾留されて取調を受けていた者であつても、刑訴第二二七条の要件を充たすかぎり、他の共同被疑者に対する関係において同条の証人適格を有する」(高松高裁二七、六、一四言渡)を指称するのであらうが、弁護人に右判例は「参考人と共同被疑者」の解釈を誤つた違法あると信ずるが、仮に一歩を譲るも、右判例と雖も、いずれも刑訴第二二七条第一項所定の「刑訴第二二三条第一項の取調に対し任意の供述をした者が公判期日に圧迫を受け、前にした供述と異る供述をする虞があること、」しかも「虞」とた抽象的なおそれでは足らず、具体的な事情に基くものであること。即ち、「圧迫」とは被告人側からの圧迫に限られず、第三者の圧迫を含むこと勿論であるが、例えば暴力団等から恐喝された被害者が捜某機関に対する供述後その身内の者から強迫されているような場合を指称し、供述者が単に利益の供与等により供述の変更を誘惑されている如き場合を包含しないこと当然であること等の適法な要件具備を前提としての判例であつて、本件の如きかかる任意、圧迫等の存在しない場合と異ることに注目すべきにかかわらずかかる具体的事情を顧慮することなく直ちに形式論(しかも本件では形式すら不備である)よりかかる見解を採用したことは、法令の解釈を誤つたものと思料する。本件の如き、右法条に要求する具体的要件を具備しない尋問請求に基き作成された尋問調書は無効であるから公判裁判官としては、右尋問調書の証拠調請求を却下するか、或いは受理取調後においても、その違法無効を宣言し、証拠能力たきものとして、これを排斥すべきにかかわらず、弁護人の異議申立を却下し終局において有罪の資料として採用したことは違法であるといわなければならない。

(二)刑訴第二二七条第二項及び刑訴規則第一六〇条第一六一条違背の点について。

原判決は、右証人尋問調書請求書が被告人の弁護人の氏名を欠き違法あることを認めながら、一方において、被告人に弁護人の選任ありたることは裁判官において熟知したるも、捜査に支障を生ずる虞れがあると認め弁護人を本件証人尋問に立ち会わせなかつたものと判断し、右調書を適法なりと判示しこれを有罪の資料とした違法がある。

憲法第三七条第三項は「刑事被告人は、いかなる場合にも、資格を有する弁護人を依頼することができる」と規定し、基本的人権の保障を確立し、刑訴第一条は「この法律は、刑事事件につき、公共の福祉の維持と個人の基本的人権の保障とを全うしつつ、事案の真相を明かにし、刑罰法令を適正且つ迅速に適用実現することを目的とする」旨の刑事訴訟法の精神を掲げ、特に被疑者においても弁護人の選任権を認めその基本的人権の保障を完からしめ以て万遺憾なきを期しおり、屡次の最高裁判例の示す通り、故意又は過失その他に由る弁護権の制限は常に上告の理由ありとしてこれを破棄していることは多言を要しないところである。

検察庁法第四条は「検察官は、刑事について、公訴を行い、裁判所に法の正当な適用を請求し」云々とその職務の目的を規定し、又刑訴法上においては夫々検察官の権限を詳細に定め、更に刑訴規則においても亦同様である。従つて検察官は特に刑訴法及び刑訴規則の定むるところに従つて法令の運用を為し、苟も被疑者の弁護権を不当に制限するが如き行動は寸毫だに許されないところである。然るに前述の如く本件関与の小島検事は、当時本件被告人等に対し、交通権の制限その他の違法行為を反覆し弁護権の行使に重大な制限を加え、右遠藤修司を被告人に対する証人として強制処分による裁判官の尋問請求に当り故意若くは過失により刑訴規則第一六〇条第一項七号所定の弁護人の氏名の記載を怠り、弁護人をして刑訴第二二八条同規則第一六二条所定の弁護権の行使に重大な制限を加えたものである。

即ち原審公廷における右小島証人の供述によれば阿部、片岡両弁護人の尋問に対し「被告人(当時被疑者)の弁護人として阿部、片岡、埋切三名の選任されてあつたことは知つていたが、証人尋問請求書に弁護人の氏名記載欄がなかつたから書かなかつた。刑訴規則第一六〇条第一項第七号の規定は知つている、それは被疑者の利益保護の規定である」と証言しており、同人は右規則に違反し、弁護人の氏名を記入しないことは本被告人の弁護権に重大な制限を加え、証人尋問権を行使する機会を失うことを熟知し乍ら敢えてかかる措置を執りたるものと認定するの外はない。同証言中「電話で連絡した」旨の如きは窮余の供述であつて、修理上よりいうも、自ら記載しないという行動を執りたるものが、電話によつて連絡するようなことは同証人の性格上あり得べからざることで到底措信できないところである。仮に右電話により弁護人の氏名を通知したりとするもかかる処置は訴訟手続上何等の効力を生ずるものに非ざることは当然であり、右規則に違背したる請求がこれにより治癒されるものではないことこれ亦多言を要しない。

又刑訴第二二七条第二項及び刑訴規則第一六一条は右尋問請求について疎明を要求し、該疎明資料の提供を規定しているが、本件記録上の該尋問請求書を見るに、何等疎明資料の提供ありたる痕跡なく、却て原審公廷における小島証人の供述によれば「本件公判立会海老原検事の釈事の釈明の通り、疎明資料として、十一月八日以前の遠藤修司の供述を全部つけて出した(注第一回乃至第二〇回供述調書の意)」旨供述しおるものである。よつて右遠藤検調第一乃至第二〇回の各記載を仔細に検討するも、刑訴第二二七条規定の要件たる「遠藤修司が公判期日において、圧迫を受け前にした供述と異る供述をする虞がある」ことに関する疎明は皆無である。従つて、右尋問請求を受けたる裁判官は、該請求は適法の要件を欠く不適法のものとして却下すべきこと当然なるに不拘、漫然これを認容し、証人尋問を為したことは訴訟手続に違背するもので該尋問調書は無効のものである。然るに原判決が、何等の証拠に基かずして、右点に関し、被告人は当選代議士、達也はその実弟であるから同人等には、すでに弁護人が選任されていることは、裁判官には十分考えられるから、捜査に支障を生ずる虞ありと極めて弁護人を本件証人尋問に立ち合わせなかつたものであり、右尋問調書は適法な手続に従い作成されたものと判示したるは証拠に基かない独断というの外なく、刑訴法上の弁護権の行使に関する重大な制限を加えたる違法を看過し、且つ無効な尋問調書を証拠として採用した違背ある非難を免かれないものと信ずる。

(その他の控訴趣意は省略する。)

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